大阪大学大学院 薬学研究科 天然物創薬学分野 荒井雅吉教授 からジンジャーエールに関して寄稿をいただいたので、ご紹介させていただきます。
2025.07.07
薬学の視点から見るジンジャーエール


ジンジャーエールは、その名の通り生姜(ジンジャー)を主要な香味素材とする炭酸飲料であり、さわやかな辛味と芳香を特徴とする。 現在では世界中で親しまれているが、その起源には薬用飲料としての歴史的背景がある。 18世紀末のイギリスでは、生姜を用いた上面発酵ビール(エール)に炭酸水や糖を加えた「ジンジャービール」が登場し、消化不良、風邪、吐き気や関節痛などの症状を緩和する飲料として薬局などで販売された。 その後、アルコールを含まない「ジンジャーエール」が開発され、より広い層に受け入れられるようになった。

ジンジャーエールの基本素材である生姜(Zingiber officinale)は、ショウガ科の植物の根茎から得られるスパイスであり、古代より料理と薬用の両面で重宝されてきた。 中国やインド、古代ギリシャやローマでは、消化促進、整腸、解熱、鎮痛などの目的で用いられた。 生姜に含まれるジンゲロールおよびその加熱変化体であるショウガオールは主要な辛味成分で、抗炎症作用、制吐作用、抗酸化作用に加え、抗腫瘍活性も報告されている。 近年では、つわりや乗り物酔いに対する自然療法、冷え性対策、代謝促進などを目的として、機能性食品にも幅広く利用されている。 ただし、生姜は、胃粘膜を過度に刺激する可能性があるため、摂取量や体質に気をつけて使用する必要がある。
さらに、近年のクラフト系ジンジャーエールには、生姜に加えさまざまなスパイスが用いられ、風味の複雑性とともに多様な薬理作用も期待されている。 代表的なものにカルダモンやブラックペッパーがある。カルダモン(Elettaria cardamomum)は、インドやスリランカ原産のショウガ科の多年草で、その鞘に含まれる種子が香辛料として使用される。 「スパイスの女王」と称されるその香りは、ユーカリや柑橘を思わせる爽やかさとスモーキーさを併せ持ち、ジンジャーエールに清涼感と深みを与える。 アーユルヴェーダでは、カルダモンは消化を助け、気の巡りを整えるスパイスとして伝統的に用いられてきた。 薬理活性成分としては、1,8-シネオール、α-テルピネオール、リナロール、リモネンなどの精油成分が豊富に含まれており、これらは抗菌作用、消化促進、抗炎症、鎮静効果を発揮する。 中でも1,8-シネオールは、気管支拡張作用や去痰作用を有し、呼吸器系の健康維持に寄与することが知られている。 また、カルダモンに含まれるポリフェノール類は、血圧低下作用や酸化ストレスの軽減にも寄与することが報告されている。 一方、ブラックペッパー(Piper nigrum)は、世界で最も広く使用されるスパイスの一つであり、古代ローマでは金と同等の価値があったとされる。 ジンジャーエールに加えることで、奥行きのある辛味と風味のアクセントを付与する。 主要成分のピペリンは、消化酵素の分泌を促進し、腸管の血流を増加させることで栄養素の吸収効率を高める、いわゆるバイオアベイラビリティ向上作用を持つ。 さらに、ピペリンは脂質代謝の調節や血糖値のコントロールにも関与することが報告されており、肥満や糖尿病の予防に資する可能性が示唆されている。 また、近年では保存料、人工香料や人工甘味料を使用しないナチュラル志向のジンジャーエールも増えており、健康志向の消費者や、素材にこだわる層からの支持を集めている。
このように、ジンジャーエールは単なる炭酸飲料ではなく、スパイスの薬理的知見と文化的背景を内包した飲料である。 風味を楽しむ嗜好品であると同時に、健康維持の観点からも注目される機能性飲料であると言えるだろう。